2012年5月15日 (火)

突然すいません。

急にブログをシャットダウンしてしまい、御心配くださった方から連絡をいただきました。

kintounは、生きています。

 

今回のブログはそこも含めて、要の方も読んでくださるかも知れないので、そう思いながら書かせてください。

 

ブログをシャットダウンしたいきさつなんですが。

ある日突然、長女(9歳)の通う小学校と、次女(5歳)の通う保育園、双方で御縁のあるお母さん・Mさんから、
『ブログ読んだよ』
とメールが届いたことから始まりました。

大混乱に陥った私が色々問い合わせた結果。

我が長女(9歳)と次女(5歳)をみてくださった保育園の当時の園長先生(K先生)に、
「秘密にしておいてくださいね、絶対」
と口止めの上、随分前にお教えしたこのブログの存在を、今頃になってなぜかK先生本人がMさんに伝えてしまったことが原因と判明。

このブログには、たまにMさんのことも書いていました。

まぁ、その記事が元で、Mさんとは友人ではなくなってしまいました。

 

Mさんからのメールには“色々言いたいことはあるけれど…”と書いてあったので、じゃあ話し合いがしたいと思い、でもメールを送ってもMさんから返事が来ず、思いの丈を手紙を書いて保育園伝いに渡してもらおうとしてもMさんから受け取りを拒否され、万策尽き果てました。

 

ここに、私の思いの丈を書いていきます。

 

Mさんがこのブログを読んだ時の衝撃は相当のものだったろうと思います。まさに青天の霹靂、といった感じで。私がMさんの立場だったとしても、そう感じてしまうだろうと思います。
絶対に、私の“裏の顔”を見た、と感じているはず…。

でも、違うんですよ、そこは違うんです。全部が全部、Mさんとお付き合いしている私が裏表のある人間な訳ではないんですよ。行事がある毎に世間話をしたり、誘い合わせて食事に行ったり、お互いの家を子供も交えて訪問し合ったり、それ全てに二面性があった訳ではないんですよ。

ここに書いていたのは、『ん?』と思うようなことがあった時だけで。

例えば。

以前Mさんとお話しした、小学校の給食エプロンの話なんですが。

「すごく疲れている時に、洗濯だけしてアイロンはかけずに持たせたことがある」

そう言ったMさんに、
「いいじゃない、疲れてる時ぐらい誰でもあるよ」
と、私はそう言いました。

でも、後からになって、
『やっぱり…他のお子さんも使うものだから“アイロンかけたほうがいいのでは?”と言うべきだったのか?』
という思いと、
『いや、それをやらないことによって心にも時間にもゆとりが生まれるのならいいのでは?』という思いが生まれて。

自分の考えをまとめたり、色んな意味での固執を避ける位置づけを持って、ここに書いていることが多かったんです。

そう、時々、2通りの考え方が出てきて。

私は、当たり障りのない方を、Mさんに言ってた。

Mさんは私の知り合いには今まで全く居なかったタイプで、Mさんのことをかなり近くに居て見てきて、それでいてMさんとはこれからもずっと地域関連も教育関連も一緒で。

Mさんの喜怒哀楽を、この肌で感じてきた。

Mさんに、どこまで本音で向かっていけばいいのか、本当に分からなかったんです。
迂闊なことを言って怒らせたくなかった。
余計なことを言って沈ませたくなかった。
“良く思われたい”自分もいた。

逆に、どこまで言って良かったんだろう。

「アイロン、かけたほうがいいよ、次のお子さんもいるし」
そう、直球で言ったとして、ちょっとも沈まなかったのかな。

それももう分からないです。

でも、Mさんも私のブログを全部読んだなら分かってくれると思うけれども、私はMさんのことを『嫌い』とか『こういう点がイヤ』とか、そんなことは書いていないです。
Mさんに、そういう気持ちは持っていなかったので。
とにかく“人が好きなんだな”という温度や。
“我が子のためになることはやる”という姿勢への尊敬や。
喜怒哀楽の表現の豊かさを直近で見る戸惑いや。
自分とは正反対の“陽”のタイプへの畏れや。
そういうものばかりでした。

これだけ正反対なMさんと私なのに、何で数年間もお付き合いを続けていけたんだろう。

それももう分からないです。

 

とにかく、こう書いていても、ブログというツールでMさんのことを書いたこと、二面性のあるようなことを書いたこと、本当に申し訳なく思っています。
あと、Mさん自身のことについても勘違いしていた部分が多々あったようで。
そのことは、例え匿名性のあるものだったとしても、いい気分はしませんよね。
そこを考えるべきでした。

本来は、ここは子育てに関するブログだったはずなのに、尚更です。

あ、でも、これは絶対です。ここに書いて自分の考えをまとめている分、関連のある先生以外の生身の人間には全く言っていません。『ん?』と思ったその内容も、ここに書いて、書き終わったら自分の中では終了なんです。Mさんのことに関してもそうで、誰かに『ん?』と思ったことをつらつら話すことはありませんでした。誰かのことをMさんに言うことはあっても、Mさんのことを誰かに言うなんてことは100%ありませんでした。

そこは、間違いなく。

 

 

ただ、これも間違いなく。

Mさんからの最後のメールに、
『悩み事ならブログに書かずに、K先生を頼って!』
とあったんですけど。

ごめんなさい、それは絶対にできないです。

K先生には本当に本当にお世話になりました。園長先生時代から。なかなか人を信用することができない私にとっては、久しぶりに信用できそうな、かなり信用できそうな、真に信用できそうな、そんな存在だったんです。
相談は、先生に。
愚痴は、友人に。
そんな感じで生活を送っていたような時代でした。ここ数年は。

でもね。

まさか、K先生が秘密を破ってしまうだなんて。

このブログは、なかなか相談できない私が悩み事をブログに書いて、あとからK先生に読んでもらうという…そういう意味合いでも書いていたブログだったんです。
だから、K先生にお教えする時にも『絶対、秘密で』と言ったのに。

今は園長先生を辞め子育て支援をしていらっしゃるK先生の元へ、Mさんが訪れ、Mさんが私のことを心配していたんだそうです。私のこと、イッパイイッパイに見えたらしくて。

そしたらK先生が、
「(kintounの名)さんを心配しているのなら、(kintounの名)のことがよく分かるものがあるのよ」
そう言って示したのが、このブログだったそうなんです。

でも実際、K先生は私のブログ自体、4~5ページ程しか読んだことがなかったらしく。

…それで私の一体何がよく分かるというんだろう…。

大体、ブログとはいえ、“秘密”の“日記”です。

いくらMさんが私のことを心配しているからとはいえ、K先生が「これ(kintounの名)さんの日記!」なんて、見せていいものではないでしょう。

それに、もし見せようと思うにしても、私の了承があった後で、のことだと思うんですけど。

できれば…Mさんも、もしK先生から私のブログを提示されたとしても…
「これ、(kintounの名)の個人的な日記じゃないの?了承取らなくていいの?」
とK先生に訊いてくれていたら…なんて…。
まぁ、K先生に言われたら見ざるを得ないですよね。ごめんなさい。

でも、同じようにもし見ていただくにしても、それなら私がMさんに前もって言いたかった。
「Mさんの意ではないことが書いてあると思う。その都度、言って。話をしたいから」
って。
そのくらいの腹くくりは、したかった。

 

Mさん、もし読んでいたら考えてみて。
MさんがK先生を信じて話したトップシークレットな事実を、ある日、私が『Mさんの秘密、私、知ってるよ』と言い出したら、どう感じる?

そして、出元は、K先生で。

今、Mさんが私のことを信用できなくなっているように、私も、『園長先生だから打ち明けたブログ』『子育て支援もしている人格者だから守られているだろう秘密』を、一番晒してほしくない人に晒されてしまったという…そういう、目上の人にやられてしまった感がすごくあるんです。

だからK先生を頼って、なんて、絶対にできないですよ。

Mさんだったら、できますか?

Mさんの信じている人が、私にとっても信じられる人であるとは限らないのです。

『私を信じて』と自ら言う人は、信じちゃいけない。

そんなこと、私にとって、生きていく上での鉄則だったのに。

 

 

でも、どうしてものお願いがあるんです、K先生とMさんに。

私のいないところで、私を話題に出さないでほしいんです。昔も、そして、これからも。悩み事は、私は私で解決していきます。K先生にメールしても、Mさんにメールや手紙で連絡を取ろうとしても、全く繋がらない状況で今回のことを、
『元々は(kintounの名)がブログを書いていたのが悪い』
みたいな、不在者裁判みたいになるのは嫌なんです。

 

K先生は、とにかくMさんのことを考えてる。
いや、Mさんのことしか見ていないと思う。

1月に実はK先生と面談の予定があって、その時に件の給食エプロンの話についてK先生に相談してみようかと思っていたんです。
Mさんのことをよく知っているK先生に、私がMさんに様々な種類の言葉を打つことによって、何かMさんに影響が出そうかどうかを知りたかったもので…。

でも、長いこと待った面談予定の日の前夜、K先生から、
『明日、Mさんも来たいと言っていたので、よろしくお願いします』
との突然のメールが。

普通…半年以上も前から“会いましょう”との連絡を受けて面談する予定日の前夜に、いきなり、こちらの了承もなく『Mさんも来ます、よろしく』って…そんなん、ある?

まぁ、この時も、
『こちらの了承とか、そういうものを事前に訊いていただけたらな、と思います』
なんてK先生にメールして、面談の予定はお流れになっちゃったんですけど。
(事前の了承とか…そういうもの、今回のブログ晒しの件にも全く生かされてはいなかったようですけれども)

あとからMさんにも、
「私が“行きたい”って言ったから、行かなかったんだよね?」
と訊いてこられましたけれども…それはMさんが悪い訳ではないですよ。

K先生の意図は分からないですが、1月以降もK先生からお誘いをいただいていたのに、私が上記のことを言って断り続けていたもんだから、K先生、見せしめのためにブログを晒しちゃったのかな。

まぁ、過去は元には戻せないから、もういいや。

 

でもですね、このブログの件があって、私、K先生に電話したんですよ。だってK先生から、
『私がMさんになぜブログを教えたのか、その詳細を聞きたかったら、あなたが会う時間を作ってください』
なんて…すごい上からのお言葉のメールを頂戴して、激高したので。

まぁそれが、『Mさんが(kintounの名)さんをすごく心配していたので、(kintounmの名)さんのことを深く知ってもらうために、教えた』というものだったんですけど。

で、その電話の時に、
「1月の面談の時の件も、あれは違うの。(kintounの名)さんが1人では来づらいだろうと思って、Mさんにも入ってもらおうと思って、私からMさんに“来て”って頼んだのよ」
とおっしゃられて。

いやいや…。

Mさんも後からあぁ言っておられたし。
動かぬ証拠のK先生からのメールがあるし。

そう思って1月に来た例のK先生からのメールを添付して送信したら、それっきり全く連絡もなし。

…多分…K先生はMさんのことをかばおうとしたんだろうと思います。

このお二人に関しては、本当に羨ましい関係性だな、と思います。
想い、想われて。

 

でも、Mさんが私のことを心配しているからといって、私の秘密を教えるのは、何か違う、と言いますか。

 

そこには元園長先生としての守秘義務とか。
あってはならない、プライバシーの侵害とか。

 

私がわざわざ長い期間、匿名で、年齢や地域も不詳で、自分をまとめてきたことの意味を、K先生はどう思っているんだろう。

いや、Mさんのことを書いていたことについては本当に申し訳なかったと思っています。
でも、それについても、だからこそ人物不詳にした意味って…と。
私が分かってしまうと、芋づる式になってしまう。

K先生、その電話の時に、こうも言っていました。
「(kintounの名)さんが、今、こうやって珍しく感情を剥き出しにして向かってこられたので、私は、あぁいい傾向だな、と思ってるんですよ」
と。

…私を怒らせたいの?

…私で一体、何がしたいの?

K先生とMさんに関しては、これから深く関わることはもうないと思います。Mさんに関してそうメールにありましたし、K先生に関してはもうコンタクトを取ることはないと思います。

 

ただ、このブログに関しては、もうこの記事を終わりに、Mさんのことは書かない。

でも、子供のこと、夫のこと、生活のこと、仕事のこと…それについての自分の考えをまとめる場所がこのブログであってでもいいんじゃないかと思って…また始めたいのです。

 

 

長女と次女には、今回あったことは大まかに説明しました。
「ママがMさんに酷いことをしてしまっていたので、もうMさんとは友人ではいられなくなった。だから、もしかするとMさんのお子さんたちに関しても、今までトモダチと思っていたものがこれからはトモダチとしてはいられなくなるかも知れない。本当にごめんね。それに関してはママに全責任がある。ママのことを恨んでね」
…そう伝えたら、長女も次女もひとしきり号泣していたけれども、最後にはグスンと頷いて、
「ウン、…分かった」
と言ってくれた。

でも今は、Mさんのお子さんたちとまだ友好的な関係ではいるらしい。

 

 

PS.これから急な補足をいたします。

今しがた、Mさんからメールがありました。Mさんはどうやら、保育園伝いに私からの手紙を渡されて受け取り拒否する際、
「今の園長先生と、K先生と、私と、(kintounの名)の4人なら話し合いをします」
という伝言を保育園の先生に残したらしいのです。

いや、知りませんでした。今、初めて知りました。

上記で“連絡がない…”みたいなことを書いちゃってて、ごめんなさい。

 

 

でも、Mさん。

上記の、こういう理由があって、私はK先生とは会いたくないんですよ。

自分のことを棚に上げてこういうことを書くのもおかしいとは思いますが、やっぱり、子育て支援をしている方が、子育て中の家庭の生活をメチャクチャにしてたら駄目だと思うんです。家庭内のこととか、ママ友のこととか、地域のこととか、教育施設のこととか、仕事のこととか、それって物凄くデリケートな問題で、突っ込んだらいけないある種のボーダーラインがそれぞれあると思うんですよ。

今回の件は、正にそれで。

Mさんにしたら、知らされたことで心に色濃く渦巻くものがあっただろうし。

私にしても、言わないでいてくれたら、このまま、本当に少しずつでもMさんに近づいていけたかも知れない。
現に、ここ1年以上はMさんのこと、『ん?』と思うことがなかったから書いていなかったですし。(給食エプロンの件は微小な『ん?』だったので書いていませんでしたし…)

K先生とは1年以上も会っていませんでしたし、K先生自体も私のブログを全く読んでいなかったのに、何で今更“(kintounの名)さんのことは分かってる”感を出すのか、本当に不思議なんですよ。

 

やっぱり生身の人間は恐ろしいです。

 

ボーダーラインを、土足で破っちゃう。

 

表情や体温や声色やタイムラグを身近に感じるだけに、その恐ろしさといったら。

 

もう、こりごりだー。

 

私はこの先のこともあるし、今の園長先生とMさんと私と3人だけで、話ができればいいと思っていました。

でもMさんはやっぱりK先生がいないと話し合いは無理な状態みたいですね。

残念です。

 

 

Mさん、ここまで、また、良い印象のないこのブログを読んでくださっていたなら、本当にありがとう。
また嫌な思いをさせてしまったかな。
しかも長々と書いてしまって、目が痛くならなかったかな。

 

 

 

kintounを御心配くださって連絡を入れてくれた方、そして、このブログが一旦閉じられたにも関わらず何度も御訪問くださっている方々、みなさん、本当にどうもありがとうございます。

こんな風に、kintounは本物の日常も未熟に送っております。

でもちょっと、明日からの仕事は、少しは身が入るようになるかも知れません。

Zuizen


仕事場の水仙です。
今回の件があって、初めて『花と触れ合える職場で良かった』と思いました。
随分と助けてもらいました。

 

 

 

<追記>

それから。

やはり「K先生がいないと、会わない」ということで、Mさんとの直接対面の交渉は物別れに終わったのですが、子供の行事で顔を合わせた時にMさんのほうからお声をかけていただきました。

Mさんは、大人でした。

とりあえずは、挨拶ぐらいは相互にできるような感じになっているのかな…。

ただ、実は一縷の望みで、
『Mさんはひょっとして、ブログ内検索をかけて、Mさん関連のブログ記事しか読んでいないんじゃないか?』
なんて思っていたんですけれども。(記事本文では全部読んだ、とは書いてはいたんですけれども…直接聞いた訳ではなかったので)

まぁ、全部読んでおられました。あ゛ぁぁぁ。

もうですね、恥ずかしくって恥ずかしくって、フル照明の中、裸で人前に立たされているような感覚です…。

Mさんが私の書いた記事を許され、フランクに話しかけてくださっても、今度は私が真っ裸で逃げ出しちゃいそうな。

…。

でも、しょうがないですよね。

起こってしまったことは、もう元には戻らない。

 
 
 

『覆水盆に返らず』

前を向いて、生きていくのみです。

 

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