今年のヨゴレ、今年のウチに…。
おのおのがたーーーーー!!![]()
誠にありがとうございました。強力な心の支えとなりました。みなさまからいただきましたコメントは夫の祖父のお葬式に行く前に、準備をしつつしっかりと拝見させていただきました。
実はですねぇ。
お通夜、出席できませんでした。
感染性胃腸炎にかかった長女、どーにもこーにも回復しなくって、
「お通夜の席でマーライオンになられても…」
との親族からのお達しにより、お通夜は欠席という事態に相成りました。
で、お葬式には絶対出られるように、と食物・衣服・室温など考慮し、なんとか長女もお葬式には出席することができました。
…でも。
伏兵がおりました。
次女です。
マーライオンです。
長女の感染性胃腸炎が移った模様です。
次女はお葬式が終わって火葬場での法要の後、実家に預かってもらうことになったのですが。
そこで、やらかしちゃったそうです。
私が実家へ次女をお迎えに行った時にはちょうど、2度目のマーライオンが到来しておりました。
今のトコロ…お薬を飲んで2階で寝ておりますが…。
本当に、慌ただしい年末であります。
ちょっとここからはつらつらと書かせていただきたいのですが。
ひぃおじぃちゃんをお見舞いに行った時に感じた”情”のような感情は、お通夜・お葬式など、一連の決まった”行事”としての流れが過ぎていく中で…薄らいでいきますね。
さすがに荼毘に付される時には、一緒に暮らしていた数年間のことが頭をよぎり、その時のお顔に近い眠り顔を思い出して、
「ちょっと待って! もう1度拝ませて!」
と叫びたくなりましたが…2時間経って、お骨として出て来られた時には…何と言いますか、非常に空虚な気持ちになりました。
12月21日(日)には長女の手を触ってくれたひぃおじぃちゃんが。
12月26日(金)には亡くなって。
12月30日(火)には骨になる…。
…これが空虚にならずにいられようか。
で、また、ここから行事が待ってるんですよ。
”会食”です。
お通夜が終わっても会食、お葬式が終わっても会食、初七日法要が終わっても会食、です。
会食の時には、絶対お酒注ぎが待ってますよね。
私は…常々、それが苦手です。
しかも夫方の親戚なんて、何て言っていいのか分からないんです。
「この度は急なことで…」
「お疲れ様でした…」
「これからもどうぞよろしく…」
この3つだけ言いながら、よくお名前も分からない方のお席を回っておりました。
…。
何に「よろしく」なんだろう。
亡くなった人の席で、お酒と笑いがどうして必要なんだろう。
ついぞ、分からん。
自分で言っておきながら、ですけど。
ついぞ、分からん。
本当に故人を悼みたいのなら…お通夜ならお通夜、お葬式ならお葬式に出席して、終わったら雰囲気を抱いてそのまま帰るか…それとも、隣接で『追悼コーナー』なる場所でも作って、そこでお酒でも出しながら、故人の思い出話をしたい人だけが花を咲かす、というのでもよいのではないかと思うのですが…。
日本の慣習に盾突いても、仕方がないのかも知れませんけれども。
さて、その場で。
夫の兄のお嫁さんから、いたたまれないことを聞いてしまいました。
先日書かせていただいた文章の中で、ひぃおじぃちゃんの亡くなったお顔が衝撃的だった、と書きましたが。
その意味が明らかになりました。
ひぃおじぃちゃんが持続点滴を外して退院したら、いつまでもつか分からない…とお医者様から言われていたのは第3者の私でも知ってたんです。
でも。
義母は、退院してまだ2日しか経っていない寝たきりのひぃおじぃちゃんを、1人、家に置いて、宗教の教会に行っていたんです。
教会から宗教の関係者と一緒に帰宅した時には、ひぃおじぃちゃんはもう、動かなくなっていた、と…。
しかも、第1発見者は義母ではなく、
「様子、見に行ってみるわ」
とひぃおじぃちゃんのお部屋を覗いた、その宗教関係者だった、と…。
…。
何考えてんだろう、あの人!?
自分は…お布施の代金や宗教の行き帰りの代金、宗教の旅行代金、車を複数回ぶつけた時の修理代金までその都度ひぃおじぃちゃんに出してもらってたクセに…その恩義は一体、あの人のどこをすり抜けちゃったんだろう。
普段大人しくおっとりしている感じの義姉が、えらい眉をひそめて語っておられたので、それもビックリしましたけど…義母の行為のほうが、よっぽどビックリ。
ひぃおじぃちゃん。
水分もあまり与えられていなかったみたいで、そのせいで痰が絡んだみたいなんです。
目をカッと開けて、口をガッと開けて、亡くなられていたのはこのせいだったのか、と…。
90数年生きてこられて。
その間には様々な楽しい時期や苦しい時期もあったでしょうに。
まさかその90数年の最期が、1人、誰にも看取られることなく逝かれただなんて…。
見返りなんて求める人ではなかったけれども、一体何であの義母にそんなに援助してやってたんだろう。
義母も、援助をしていただいてたと思う気持ちがあったとするなら、何でひぃおじぃちゃんを1人にして教会に行ったんだろう。
心の中に暗い厄があって、どんよりとした年末を送っております。
出来ればこの年でこの暗い厄は落として、来年はまっさらな気持ちで迎えたいです。
だもんで、今はとにかく”今年の汚れ今年の内に~”という感じで、この数日にあったことを全部書かなくちゃ、と奮闘中。
今日は紅白歌合戦を観つつ起きているつもりですので、もしこの時間内に返コメまで辿り着けなかったら、夜、返コメさせて下さいね。
遅くなりまして、本当に申し訳ございません。
ではみなさま、今年の暗いモノは、書いてスッキリ厄落とししましょう!!
そういえば、もう1つ厄が。
義姉からの話ですけど。
義母、婿養子に入った義兄の家へ訪れ、携帯電話の料金が多額で払えない~と泣きついた話は先日、書いたのですが。
義母、義兄の子供の保険、勝手に宗教主催の保険に入って、その上、保険料が払えなくなった~と泣きついてきて、
「あんたんとこの子供の保険なんだから、あんたんとこで払って」
って言ったらしい。
つくづく、『…』な人だなぁ。
…あの厄を落としたいなぁ。
おっと、次女が泣き始めました。(すごいタイミングっ)
やっぱり、返コメは夜になりそうです…すいません。
読んで下さいまして、ありがとうございました。
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)


最近のコメント